2017. 4.29 土曜日

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昨日は、前編で食の好き嫌いは、育った環境が影響することを述べた

自分が育った環境は、魚の骨と格闘しながら育ったので、骨を気にせずに食べる。

自分らの子どもの世代では、魚の骨が苦手なので魚を食べない世帯も多いそうだ。

さらに孫の世代は食卓に魚が出てこないので、刺身しか食べれない子も多いとか(笑)。

我々の戦中戦後に育った今の高齢者は、食卓にのぼる品数も少なかった。

それを嫌いだからと言って食べなければ、食べるものがない世界だった。

今の若い世代は食べ物が豊富で、苦手なものは食べずに生きていけるのだろう。



だが、多品種の食料ををまんべんなく食べることは、絶対体にとっては良いはず。

何でも食べれる方が幸せで、栄養も偏らないですむと思う。

だが、我が娘もそうだが、子どもには嫌いなものは食べさせないようだ。

娘らも嫌いなものは口にしないで育っているので、子らに(孫)無理強いはしていない。

そして我が孫、特に3号は幼児の時から食が細く開ける口も小さかった。

食べるのも時間がかかるせいか、いらないと言えば食べなくても良いという。



食育で農業体験をしてから、収穫した野菜を食べれるようになった話がある。

最近修学旅行で農家に泊まり、農業体験するグリーン・ツーリズム活動が盛んだ。

そうすることで本当に野菜が食べれるようになったと、親から礼の手紙もあると言う。

そこで孫の好き嫌いで出番が回って来るのは、近所にいる我ら祖父母だ。

家庭菜園もあるので、野菜もせっせと食べさせる。

窓3号の苦手だった食べ物は、つぶつぶのある・・例えばとびっことか胡麻とか・・・。

20170429 (3)R

果物では子どもの好きそうなイチゴも苦手で小さい時は食べなかった。

我が家でもイチゴは植えてあったが、近所の孫が食べないので処分してしまった。

小学校2年生の去年、校長先生の家でイチゴのもぎ取りをしてから、イチゴを食べる。

校長先生からイチゴの苗をもらってきて、植えるところがないと我が家に回って来た。

ところがもらってきた苗は時期が悪かったのか、植えるのが遅かったのか枯れた。

先日千歳の娘1号の家に行って来た時、苺の苗をもらってきて植え替えた。

20170429 (1)R

勿論孫3号には内緒なので、植え替えて知らぬ顔をしている(笑)。



苦手な胡麻は、愛妻のアイデアで、喜んで食べるようになった。

そのアイデアとは、子どもの喜びそうな遊び感覚の胡麻すりをさせたのだ。

20170429 (2)R

それ以来胡麻すりをしたいと言うようになり、胡麻すりをさせては野菜の胡麻和えだ。

最初はつぶつぶの残らないように丁寧にすっていたが、だんだんと粒が目立ってきた。

それでも美味しいと喜んで食べ、すっていない胡麻も徐々にOKになった(笑)。



そして娘の家では魚を調理しないので、我が家に来て魚料理を食べさせる。

おかげで「おばあちゃんの魚の煮つけはおいしい」と喜んで食べる。

骨があるかも知れないというと、骨を取りながら食べるようになりつつある。

ご飯もお代わりをさせようと、初めは少ない量を食べさせていたのだが・・・・。

お代わりの楽しさからか、お代わりしながら食べるようになり量も増えた。

やはり食べることにほったらかしでは、好き嫌いをするようになるのだろう。

苦手な食べ物を克服するように、親(祖父母)と子(孫)が工夫をしなければならない。

地道で時間がかかるかもしれないが、段々と食べれる品数が多くなっている。




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2017.04.29 Sat l 祖父母と孫 l コメント (4) l top
2017. 4.28 金曜日

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今日のブログの課題は、食に関することで、ブログ仲間の話題を見て思いついた。

イチゴジャムを作ったと言う話題から、不思議だった「食の好き嫌いはなぜ」に発展した。

そもそも自分は嫌いなものは、きっとマツタケ(食べたことは無いが)だとおもう(笑)。
                20170428 (2)
それ意外は何でもおいしく食べれて、世界一幸せな食生活を送ると自負する(笑)。

小・中学校を通して、唯一残した給食は、松茸風のお吸い物の2回だけであとは完食。

勿論学校給食に松茸なんぞが出るはずもなく、マツタケの風味のお吸いものだが・・・。

きっと量を入れ過ぎたのか、「今日の給食変なにおいがする」と高確率で残した。

それ以来、〇〇園の松茸のお吸い物は、食べたことが無いしほしくないのだ(笑)。



この自分でも、御幼少のころ(入学前)は体が弱く、幼稚園にも行かせてもらえない。

食も細く食事時などは、完食するまで円形テーブルを断たせてもらえなかった。

食事時間は1時間ほどかかり「早く食べないと片付けれない」と良く催促された。

小学校には普通に入学出来て、そのころから人格(骨格)が変わったのか・・・。

結構な量を食べるようになり、小さい時の完食主義が好き嫌いを無くした。

54歳で他界した父親が、魚釣りが唯一の楽しみで、大量に釣ってきてよく食べた。

昔あった石炭ストーブの上で魚の骨も焼いて、ポリポリと食べさせてくれた(笑)。

ニシンなど骨の多い魚でも平気で、サンマなどは背骨ごと丸かじりする特技もある。
           20170428 (1)
魚の骨や頭を入れたあら汁も大好きで、しゃぶるように美味しく頂いている。

おかげでこの年代でも身長は170cmになって、弱かった体を丈夫にしてくれた。



終わるまで食卓を立たせてもらえなかったのが、好き嫌いの無い人生にしてくれた。

愛妻もあまり好き嫌いは無い方だが、自分ほどではない。

しかし愛妻の母(自分の義母)は、焼肉はいらないし刺身や寿司もいらない派。

それでいて旅に出ると「山菜ばかりの料理では残念」と申されるからおもしろい。

以前にも話題にしたが、食欲すなわち人生の食の楽しみや喜びでを放棄している。

自分が「人生の半分は損をしている」と愛妻に話したのだが・・・。

愛妻に「嫌いなものを食べるのは酷」と、すぐに切り替えされ、なっとくしてしまった。



自分の体験から言って、子どもの育った食環境は、そのまま食の好き嫌いにつながる。

食べていないものは嫌いで、普段家庭で食べている物だけが好きになってしまうのだ。

つまり、食べたことが無いから食べない・・・食べずきらいが多いことに驚く。

最近は、野菜嫌いな子ども多いと聞くが、特にピーマンきらいが多いとか・・・。

               20170428 (1)

我が子は小さい時、畑で生のピーマンを食べて以来、今でも生のピーマンが好き。

そのDNAは孫3号にも受け継がれ、生のピーマンは喜んで食べるのだ。

好き嫌いの主張がないうちに、食べるという既成事実を作っておくことが大切だ。

初めは嫌がっても、舌はその内慣れてくるので、だましながらでも食べさせる。

「物心付いた時に食べていた」は、嫌いなものをなくす大きな力になる。

続きは「食の好き嫌いは環境で決まる 食の克服は家庭の食育で(後編)」で。




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2017.04.28 Fri l 祖父母と孫 l コメント (4) l top
2017. 4. 8 土曜日

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我が家の1軒おいて隣の娘2号家族が、昨日から泊まりに来ている。

先週(先々週かな?忘れた 「笑」)も確か、金曜日から2連泊で来たような気が・・・。

今回も2連泊だが、娘が我が家に寄りつくのは、婿殿からも嫌われていない証拠か。

愛妻は、夫婦2人であればあり合わせのもので済ませるが・・・・・。

大したごちそうは出来ないにしても、お茶づけという訳に無いかないのだろう(笑)。



娘2号から「油であげる匂いがいやで家庭ではしないが…ザンギが食べたい」。

愛妻が、娘2号からリクエストがあったと言って、調理の準備をしている。

普段からなのか妊娠しているからなのかは分からないが、油の匂いが苦手のようだ。

正確にはザンギと唐揚げが同じかは分からないが、ザンギと言えば北海道のもの。

方言なのか郷土料理なのかは知らないのだが・・・自分にとっても好きな食べ物だ。

と言っても自分は嫌いな食べ物が思い当たらず、なんでもたべれる。

多分父親から、小さい時から「残してはダメ」と教えられてきたのだろう。



あれも食べれないこれもダメ・・・では、世の中のおいしいものが食べれなくなる。

人生は限られているのだから、その限られた期間の中ではなんでも食べないと損だ。

そんな意味から自分は幸せ者で、父の教えに感謝したいくらいだ。

孫3号は、結構食べずきらいが多い(食が細い?)が、少しずつなんでも食べさせる。

我が家の家庭菜園の野菜での食育も、苦手なものを制覇しているようだ。

義母のように、焼肉も刺身も苦手となったら、人生の楽しみの半分はなくなる(笑)。

そうならないように、なんでも食べる子に育てよう(笑)。



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2017.04.08 Sat l 祖父母と孫 l コメント (2) l top
2017. 3.17 金曜日

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こんなブログタイトルにしたが、目的の行動ではなく結果論の話だ(笑)。

ある目的のために行ったことが、結果的にはタイトルの行動となってしまった。

大袈裟なことを書いてはいるが、なんのことはないマイカップの話なのだが・・・。

2016. 9.10 土曜日 のブログ 「やっと買った 価値ある逸品」でも紹介した。



30年ほど前?に ネスカフから頂いた「ブレンディ」の名の入ったカップを使っていた。

20170317 (2)R

見るからに分厚く重いカップで、使っているうちに一カ所かけていたカップだ。

そこそこ大きくて、あまりカップに執着しない自分らしくその辺にあったカップだ。

ただ、夏には一つだけ欠点があって、アイスコーヒーの氷で水滴がつくのだ。

布のコースターはすぐ濡れてしまうし、最期にはティッシュを周りに巻いたりして(笑)。

そこで、価格の安いステンレスの2重カップ(500円程度だったと思う)を購入した。

20170317 (1)R

倹約して何でも購入しない我が家でも、コスパの高いカップはもう離せない。

我が家の大蔵大臣(今はそう言わないが)の愛妻にも、認めざるを得ない結果だ。



買ったのは愛妻とおそろい(笑)の2個で、使ってみるとどれが誰のか分からない。

どちらを使ってもいいのだが、判別がついた方が良いと自分の方に細工をしていた。

孫のプリクラを貼っていたのだが、水に付けたりしているうちに段々はがれて来た。

ならばと、こんなふうに、油性マジックで線を描いたのだが・・・それでも消えてしまう。

20170317 (0)R
(写真を加工し、マウスで線を引いたものだがこんな位置に線を・・・)

消えるたびにマジックを塗っていたが、それならばと大胆なことをしたのだ。



自分の車中泊車は中古のハイエースで、平成19年車なのでもう古い。

今更売ることもないので、車にはドリスで穴を開けアンテナポールを固定した。

車内には色々なものを、ボンドや瞬間接着剤で貼り付けたりしている。

ブログ仲間の「ひでさん」には、悪い例として伝えたことだが、ソーラーパネル設置時。

コードを車内に誘引する際に、バックドアのゴムパッキンに切れ目を入れた(笑)。

そんな車のボディに傷があるので、去年、修正用のカラーペイントを買ってあった。

そのカラーペイントで、ステンレス製のカップに線を引いたのだ(笑)。

20170317 (3)R

そして、もっと目立つようにと、孫の名前の先頭の文字も手書きした。

愛妻のカップに勝手にいたずら書きは出来ないので、自分のだけに3人の文字を。

これから生まれて来るであろう孫4号の名前を、入れるところも空けてある(笑)。

20170317 (4)R

カラーペイントは濃いブルーを買ったつもりだったが、塗って見ると黒過ぎた。

それでも愛車の傷修正カラーとそろいの色で、なかなかオツなものではないか・・・。

こうしておけば孫の名前を忘れても、いつでも思い出せるのだろう(笑)。

線の幅が違うところもあって、いかにも手書きが分かる(字を見ればわかるか・・・)

こんなバカなことをする人はそれほどいないとは思うが、それはそれで満足している。




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2017.03.17 Fri l 祖父母と孫 l コメント (2) l top
2017. 3.15 水曜日

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3月の半ばを迎え、新年度が近づいてきている。

この春卒業する者、就職する者、入学するも者、それぞれの新しい歩みが始まる。

次のステップに進む本人にとってみれば、輝かしい未来が待っていて心が弾む。

この歳になると自分の新入学は、すでに遠い昔の思い出ではあるが・・・・。

新入学にふさわしい桜の季節も、間もなくやってきて一段と春が近づいている。



今日午前中、車で30分ほど離れている実姉に電話して、在宅を確認した。

あいにく姉は出かけていたが、義兄が電話に出て午後からは在宅しているという。

「大事な話があるから伺う」旨を伝えたが、義兄は「人事異動でも出たのかい」と・・・。

当初は自分のリタイアが3月末としていたので、その報告かと思ったらしい(笑)。

実は姉の家の隣にその次男(我が甥っ子)宅があり、そこの長女が今年1年生。

我が次女宅は我が家の1軒はさんだ隣にいるが、甥っ子は親の隣を買った(中古)。

その甥っ子の長女に、入学祝を持って行って来たのだ。

親族でも甥っ子の子どもの入学式まではお祝いをしないのだが、それなりの理由が。

のし袋には、今は亡き母の名を記して(いわば天国からの)入学祝とした。

当然、入学祝いのお返しは、本人がいないので受け取れない旨を伝える。

母には10人のひ孫(自分の孫や姉の孫)がいて、6人までは直接祝いを渡した。

母の死後、残り3人目のひ孫が小学校入学を迎え、姉の孫2人には母の名で祝いを。

自分は次男ではあるが本家の当主として(笑)、亡き母の名代を務めたのだ。

さすが自分の孫には、母の名で祝いはしないが、あと1人も2年後にお祝いをする。

それまで、自分が生きていること前提とした話だが(笑)・・・。



自分の小学1年生の、遠い昔の入学式を思い出した。

道路は春の雪解け水があちこちにたまり、新しい靴では汚すかと心配で歩きにくい。

母に連れられて学校に行き、教室の前に張り出されている新入生の名前を探すが・・・。

自分の名がない・・・・母は「入学できないのでは」と、平気で自分をおどす。

実は、恥ずかしい話しだが、その学校で過去にガキ大将としての逸話があったのだ。

自分では記憶がないが、学校に行き兄姉を探したとか・・・。

それも授業中なのに、ガラガラと教室を開けて・・・注目の的となったようだ。

過去にそんなことがあり、母は「校長先生が入学させてくれない」とおどしたのだ。

結果は、1階と2階にクラスと別れていて、1年6組の2階の教室だった(笑)。

体が弱くて幼稚園も止められたので、無事に入学が許可されて喜んだ思いがある。

それからすでに60年を過ぎ、今は孫らの入学式の時代となった・・・。

年寄りになってしまったのは当然で、そうやって次世代の者が社会を形成していく(笑)。

付近の観測所の積雪量
月日3/123/133/143/153/163/173/183/193/203/213/22
残雪43㎝42㎝41㎝        




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2017.03.15 Wed l 祖父母と孫 l コメント (6) l top