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2016.11. 1 火曜日

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「1日に水2リットル飲む目標 55日目 達成」


昨日のブログ「町内会の役が 人生の夢を邪魔する」を書いて考えた。

亡き父が他界した年に、この地に家を建てたのは44年前で、家の前の道は砂利道だ。

父は完成を待たずに他界したが、その時は家のまわりはまだ畑ばかりだった。

ベランダの正面にある川の対岸を走る列車が、まだ見てとれたほど建物が無かった。

その後3年ほどで、周りは家が建ち始め、数年で列車が走る姿の視界を遮った。

数年後町内会が新設され、自分は20代で役員にさせられた(欠席裁判)。

仕事が忙しく、一度も会合や総会に顔を出さなかったので、1年で首になった(嬉)。

今では周りは住宅ばかりで、100戸の町内会となり、家の前の道は立派な舗装道路だ。



それから30年以上が経過し、母も自分もそれなりに年を重ね、当時と状況も変わった。

第1の職場を退職し時間に余裕が出来た際、町内会の役員の末席を引き受け現在に。

10年ほど前は、まだ葬儀は町内会で行い、母がいずれ世話になるとの思いからだ。

その後急激に、葬儀会場が整備され、葬儀の進行は葬儀社が行なうようになった。

4年前に母が亡くなった際は、葬儀社に進行を依頼し、町内会に負担をかけなかった。

最近町内会進行の葬儀はほとんどなく、その意味では町内会の存在は薄れつつある。



もちろん町内会の役割は葬儀だけではなく、地域を良くするためには不可欠。

行政とのパイプ役や、防犯、交通安全、住民同士の交流、互いのルール作りなど多い。

だが1歩引いて見ると、主な活動はラジオ体操や、レクレーションなどとなっている。

しかも、3回ほどのレクレーションも参加者は固定状態で、役員とその家族も多い。

参加人数が不足すると、手分けして参加者を募り、やっと開催できることもある。

果たして町内会住民が、町内会の行事を望んでいるかは疑問なところだ。

町内会の費用で開く催しでは、参加者が固定化していると不公平感が漂うのも事実。

一部負担金を徴収していても、役員参加が多ければ誰のための催しか分からない。



そんなことを考えていると、町内会の存在の在り方に疑問を持つのも事実だ。

もちろん、「町内会は無くても良い、無い方が良い」などとは、決して思ってはいない。

情報の伝達(回覧)、意思の疎通、ごみ問題など、目立たないが重要な役割がある。

だが、今のままでいいとも思わないし、時代と共に役割の意義も変化している。

行事の内容検討や、役員の成り手の減少対策、などを再確認する必要もあると思う。

昨日「町内会の役が 人生の夢を邪魔する」では、役員を逃れたいとの思いはある。

だが、一方では役員の中では若い自分67歳(笑)が、「動かないと」との思いも大きい。



都会では、隣人の名前も顔も知らないとの話も聞くが、真実かは定かではない?。

このわが田舎町でも、昔と比べると隣組の意識は薄れているのも事実だろう。

同じ班の人ぐらいは顔も名字も分かるが、他の班では顔と名前の一致確率が低い。

役員になって行事に参加し初めてから、知る人も多かったのだ。

今後の町内会では、会の役割の再確認と、役員の成り手不足の解決は必須だと思う。





最後まで読んで頂きありがとうございます。

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2016.11.01 Tue l 老後の普段の生活 l コメント (8) l top