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20190101.gif2019. 2. 5 火曜日

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シンギュラリティと言う言葉を、最近テレビで初めて知った。

ちまたではすでに浸透した言葉なのかも知れないが、高齢の自分は初耳だった。

シンギュラリティ=技術的特異点 と言う事のようだが、これでは意味が分からない。

要するに、 A I は人間の知性を超える ことらしいのだ。

その年の予測が2045年と言われているので、後25年ほど・・・。

自分は今年70歳になるので、95歳まで生きれればその世界を覗けるのだが・・・。



自分が高校生で進路を模索する際、技術屋になりたかった。

いわゆる手に職を付けて、安定した暮らしがしたかったのだったが・・・。

理科が好きで(笑)、電気も何となく理解していたし・・・・(笑)。

「将来、コンピューターが花形になる」と言われていたので・・・・そちらの道に進んだ。

しかもハード部門のコースで、コンピューターの構造について学んだ。

卒業後は、東京でコンピューター保守の仕事に就いて、面白かったのだが・・・・。

残念ながら父親の急死で北海道に帰ってきて、全く別な職業に就職した。



当時はまだ、せいぜいプリント基板の時代で、IC集積回路が出始めた時代。

就職した際には、小型の最も人気の電子計算機の保守を仕事としていた。

機械のメインメモリーは4KBで、メモリーが車のバッテリーほどの大きさだ。

今のmicroSDの128GBは、見失うほどほど小さくても3,200万倍の記憶量だ(驚)。

紙テープベースで、直径30センチほどのドラム式の記憶装置も内蔵していた。

外部メモリーはレコード盤ほどの大きさのディスクの時代で、エラーも多かった。



そのころは銀行でも盛んにデータ化が進められ、世の中が変わって行く時代だった。

当時の預金台帳での出し入れ管理が、ソロバンからコンピューター計算になった。

当時は月末しか利息計算は出来なかったが、今では日次計算が当たり前の時代だ。

オンラインで、ほかの支店の口座からカードで現金の出し入れが出来始めたころだ。

田舎者には画期的な社会変化だが、今となってはコンビニでも容易になった(笑)。



昭和50年代には、北海道の就職先でも、業務にはコンピューターを使う時代になった。

自分は多少の知識があると言う事で、業務をコンピューター化する仕事も任された。

おかげでこの年齢でも、パソコンは億劫ではなく、何とか使わせてもらっているが・・・。

今となっては、画像を解析出来るようになり、車の自動運転や監視に利用される。

車の自動運転は、センサーによるものと理解していたが、画像解析と知り驚く。

碁や将棋でさえ、人間に勝つ時代となり、今後どのような世界になるのだろうか。

技術の進化するスピードが、加速度的に進んでいるのは間違いない。

2045年ころには、シンギュラリティ(技術的特異点)が来ると言われているが・・・。

現に、昔はあった職業(駅の改札など)も、すでに無くなっているではないか・・・。


あと25年で A I が人間を超える  S F の世界では無い(2) に続く



最後まで読んで頂きありがとうございます。

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2019.02.05 Tue l 老後の普段の生活 l コメント (8) l top