2016.11.19 土曜日

        ← 古い記事へ      新しい記事へ →

「1日に水2リットル飲む目標 73日目 達成」


今週の13日(日曜日)に、叔父の一周忌法要に行って初めて知った従兄の病気。

7月の末に、別な札幌の叔母の一周忌で合ったのだがそんな様子は無かったのだ。

13日の法事の施主であるのに、姿が見えず、明るみになったのが不治の病・・・。

13日の当ブログ「やりたいことは早めに 同年の従兄は不治の病」で紹介した。



今週は仕事や孫3号の入院騒動などで、見舞いのチャンスを失っていたが・・・。

孫3号が昨日、1泊2日の入院の旅から帰って来たので、夕方近くに見舞いに行った。

札幌のホスピス病院なので、正直言うと我ら夫婦ともに足が重かったが・・・・。

病気が見つかった時には手術は手遅れで、本人は「治療はしない」と決めたという。

不治の病気と知っているだけに、どんな顔をして会いに行けば良いのか・・・・。

ナースステーションで病室を聞くと、家族かと聞かれ「親戚」と答えた。

だれにでも見舞いは許可していないと察知したが、ナースが家族を呼んできてくれた。

迎に来たのは従兄の娘で、個室の病室に入ると、ベットの従兄とその相方がいた。



病室に入った時、従兄は目をつぶっていたが、家族に面会だと言われて目を開けた。

目を開けて誰かを悟り、弱々しく笑みを浮かべたが、本来の笑顔ではない。

話しは聞こえるし言葉も話せるのだが、言葉も目を開けるのも力なく、呼吸も深い。

話しによるとモルヒネで辛さを和らげているとのことで、その深刻さを察知した。

目を開けるのも辛そうなので、30分もせずに早々と引き上げてきたのだ。

学年こそ彼が1年上だが、年齢は自分と同じで、まだまだこれからだったのだが。

どうしても自分に置き換えてしまうので、病院からの帰りはこちらもため息ばかりだ。



今日、義妹から愛妻に電話があって、義母(愛妻の母)がぎっくり腰になったと。

歩いても15分くらいの近場に一人暮らししているが、そばには義妹がいて心強い。

85歳ではあるが体に自信が無くなったせいか、体が思うように動けず難儀している。

今まで布団で寝ていたが、最近布団の上げ下ろしが辛くなったとのことだ。

その上ギックリ腰になったので、我が家にある簡易ベットが空いているかとの電話だ。

義母本人は「半年もしないのにまたギックリ腰になった」と、嘆いている。

自宅では初めてのベットで、枕が変わっても寝れないタイプなので、ちょっと心配だ。

義母に従兄の様子を話すと、婿(自分)と同じその年でかわいそうだと残念がる。

その義母が、実の姉(伯母)88歳と仲が良くしょっちゅう電話で話をしている。

その伯母は、脊髄の病気があって、10年前から車いす生活をしていて施設暮らし。

それでも姉妹双方とも、我々60代よりも鮮明な脳力で、一目置く高齢者だ。

最近叔母がほとんど動かせない体でも、電話で「100歳まで生きれそう」と話したとか。

従兄の不治の病の話を知っている義母がすかさず「適当なところで」と話したという。

従兄は、今年叔父(従兄の父)を亡くしたばかりで、先日喪中のハガキをもらった。

一つ間違うと、順番が逆になる可能性が大きくなった最近の医療と長寿国。

以前にも話題にしたが、自分も間もなく完全リタイアし、全国一周に出かける計画だ。

その夢さえかなえられれば、75歳くらいで「ピンピンコロリと行きたい」と思っているのだが。

75歳まではわずか8年しかないのだと考えると、従兄の事も思い複雑な気持ちになる。。





最後まで読んで頂きありがとうございます。

        ← 古い記事へ      新しい記事へ →

※ コメントを歓迎します。
この旅ブログに迷い込んだ「旅人」は下の
「車中泊の旅」「 野   菜 」「定年後の暮らし」を
クリックしてほしいと思います
  ↡  ↡  ↡  ↡  ↡  ↡  ↡  ↡  ↡  ↡  ↡  ↡  ↡  ↡  ↡
にほんブログ村 旅行ブログ 車中泊の旅へにほんブログ村 花・園芸ブログ 野菜のみ(家庭菜園)へにほんブログ村 ライフスタイルブログ 定年後の暮らしへ
クリックして頂くと励みになりますのでお願いします

2016.11.19 Sat l 普段の生活 l コメント (2) l top

コメント

75歳のピンピンコロリ
夫と、親や自分たちの最期の時を話す事があります。
「ピンピンコロリ」は万人の夢、認知症で身体が元気なのは本人はまだ幸せで家族が大変、意識ははっきり持っていて病気になるのは本人も家族も廻りの方も辛くて悔しくて悲しいですね・・・
従兄さんの事、心中お察し申し上げますm(__)m

私の母は70代後半ですが、まだまだ~魅力的で綺麗です(^^)これからの時代、「ピンピン」の年はさらに後延しとなるのではないでしょうか。
20年30年と長生きされれば、お薬や医学の進歩で、大きな事故と老衰しか亡くなる人はいないのでは?と思います♪
認知症の治療薬も開発されて、最期の最期まで自分の意思で、自分のことは自分でできる人生が待っていそうです。
ギリギリまでピンピン!は私たちもそうでありたいと願います。
そしてそのギリギリまで、人生楽しみたいです~♪はやくリタイヤしよう(^^)v

2016.11.20 Sun l ぱぴくる♪. URL l 編集
Re: 75歳のピンピンコロリ ぱぴくる♪ さん
ぱぴくる♪ さん コメントありがとうございます。
従兄の病を考えた時、やはり自分の最期を想定してしまいます。
従兄のようにまだ60代の不治の病は全く別物ですが、
ピンコロの75歳との想定はきっと自分が60代だから
でしょうね。
70代になってまだ元気なら、その75歳は自動的に延長
されると思っています。
ただ、元気で無くなった時はどんなふうに考えるかは未知数
で、80代になっても自分の命にしがみついているでしょうか。
言わば、自分のピンコロ願望ははまだ健康な者のたわ言かも
しれません。
2016.11.20 Sun l たびいくひと. URL l 編集

コメントの投稿